あをによし 奈良の大路(おおち)は 行きよけど この山道は 行きあしかりけり
奈良の大路は歩きやすいけれど、(越前への)この山道は歩き難いことでした
中臣宅守が、狭野弟上娘子(さののおとがみのおとめ)との恋愛事件で越前に流罪になった時に、懐かしい都の大路と配所への山越えの悪路を対比させて詠んだ歌です。
巻15の終りのほうに、お互いの思いを詠み交わした贈答歌が63首(宅守40首、娘子23首)まとめられています。
中でも情熱的な歌として有名な、別れに臨んで作った狭野弟上娘子の一首
君が行く 道の長路(ながて)を 繰り畳(たた)ね
焼きほろぼさむ 天(あめ)の火もがも
万葉集 巻15−3724
あなたがおいでになる長い長い道を、手繰って畳み束ねて焼き亡ぼしてしまう天の火がほしい
*弟を茅として茅上娘子(ちがみのおとめ)とする説もあります。
平城京の大路は、東西の条大路が九本、南北の坊大路が朱雀大路を中心に左右に四本ずつありました。
朱雀大路は幅74m、羅城門から朱雀門まで約3.7kmの平城京のメインストリートです。
右の写真は奈良の繁華街三条通りですが、この道が旧三条大路で、興福寺の南側から尼ヶ辻まで、今でも真っすぐに残っています。
奈良時代の二条大路想像図 現在の二条大路(絵と同じ地点から)
現代の大路 登大路 (JR奈良線車窓から)
トピック
人気狂言師の茂山宗彦、茂山逸平ご兄弟が、朱雀門を背景に雑誌か何かの
写真撮影に応じていらっしゃるところに遭遇。
遠慮がちに?真正面からパチリさせて頂きました。
皆さんよいお顔をなさっているのにブレてしまって・・・残念!